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日本ゴルフコース設計者協会 理事
嶋村唯史

 

ゴルフとリンクス

ゴルファーにとってゴルフの歴史やエピソード、隠された真実などを知ることは大変興味深いことです。ゴルフの起源についてもコルヘン(オランダ)、バガニカ(ローマ)、ジュー・ド・マイユ(フランス)など諸説あるようですが、楽しみ方は別として共通しているのは道具にステッキ(グラブ)、ボール(パック)、ターゲット(穴、ピン、的)を使い、今で言うグランドゴルフやゲートボールのように娯楽として自由に楽しんでいることです。文献史料から最初にゴルフの道具を考案し、コースを造り、今日でも通用するルールも含めゴルフの基本を作ったパイオニアはスコットランド人であることも、当時の道具の売買領収書などの検証から間違いないようです。
ここでは設計者の立場からコース設計のルーツ、「ゴルフコースがどのように出来たか」について簡単に紹介したいと思います。ゴルフ発祥の地といわれるスコットランドのリンクスは厳しい自然の中、まさに木も育たない雑草と灌木だけの原野です。今でもそうですが荒涼たる裸の砂地が広がり、海から吹きつける風がコースアンジュレーションの原型といえる流線型の砂丘を造りあげています。
リンクスは共有地であるため昔から市民のスポーツ広場として乗馬、弓の訓練、フットボールなどに幅広く利用されてきました。ゴルフの聖地と言われるセントアンドリュースはS52年に大司教ジョン・ハミルトンによって市民にリンクスを使う権利が与えられ、中でもオールドコースは王室の保護のもとゴルフのために継続的に使われてきた一帯の土地としては、おそらく世界最古のものだといわれています。古典的なリンクスの中でもこのコースは何世紀にわたり人間の手がほとんど加えられず、ゆえに「神が創り給うたコース」と言われゴルフコースの原景をみることができます。リンクスにもいろいろカテゴリーがありますが、15世紀以前から広大な丘陵地帯が広がっておりゴルフゲームを楽しむ環境が整っていたようです。
ただ最古のコースはスコットランド南東部エジンバラにあったリースリンクス(5ホール)と言われており、現存していないため歴史的絵画の背景からコースの情景を想像するしかないのが残念です。

コースの輪郭

では公共広場でもあるリンクスで最初にゴルフに似たゲームを考え「楽しめる舞台」、つまりコースのセッティングしたのは誰でしょう。それは実際にそこでゲームを楽しんでいた庶民に間違いなく、その中の世話役が中心になっていろいろなプレー形式やルールを考案し、コースのセッティング(設定)も行っていたものと推測できます。この世話役が今で言うキャプテンでありルール委員長であり最初のコース設計者だったのでしょう。ゲームもホールマッチが中心でありコースのホール数、距離はいくらでもよく、コース設計の基本概念であるルートプラニングという発想はなかったようです。
しかしながらゲームを面白くするために入り江を取り込み、リンクス内を流れる小川(バーン)や点在する風よけのの窪地をハザード(障害及び避ける場所)として利用する考え方は当時からあったようです。これらのハザードがゴルフコースの進化とともにそのまま形を維持されポットやヘル(地獄)と呼ばれるバンカーへとなってきました。つまり重要なコース設計のディテールの一つであるバンカーの原型が生まれデザイン化されていくわけです。また意外にも草刈り(芝刈り)の主役は野生のウサギだったようで、疫病が流行してウサギがいなくなった時、草が伸び放題になり荒廃したこともあり、自然の摂理の中でコース管理(?)が行われていた実態が明らかになっています。その中で継続的に動物や猟師によって踏みしめられたなだらかな芝生の通り道がゲーム上の最適攻略ルートとなり、フェアウェイの語源になったとも聞いております。
またゲーム終了後、仲間たちが集まりゴルフ談議で盛り上がった近くの居酒屋(ターバン)がゴルフハウスとなり、会員専用のクラブハウス(ロッジ)になっていきました。このようにゴルフの原点は『パブリッコースでの庶民ゴルフ』がスタートだったといえます。

コース改修(設計)の始まり

『コース設計は改造から始まった』といわれる所以は、言うまでもなくリンクスにあったコースの手直し(改修)という形でスタートしているからです。では最初に誰がどのようにしてコース改修を行ったのかが気になるところです。オールドコースでは1764年に最初の改造が専属プロゴルファーのアラン・ロバートソンによって行われたという記録が残っています。つまりコース改修はゴルフ職人(裏方)の役割だったようです。
その後1848年から改修の目的は道具(ボール・クラブ)の進歩による飛距離の変化・防球等の対策がメインテーマとなり、コースの拡張を中心とした工事に移行していく訳ですが、当時行われていた実際の工事は今私たちが考える程の大規模な造成工事ではなくコースを拡張するためにルーティングを見直し、周辺の灌木を刈り広げて追加ホールを当てはめたという程度だと考えられます。手法も職人(徒弟)の経験をベースとしたオーラルヒストリー(口述継承)で行われていたようです。

コース設計の基本

このようにコース改修の経験がノウハウの蓄積を生み、新設コース設計の理論となりました。次に数多いエピソードの中から、特にコース設計に関するものを2〜3紹介します。オールドコースのルーティングは最初12ホールから始まり、コース改修を重ね10ホールの構成が確立しました。なぜ10ホールに18ホールが配されているのかと言うとWフェアウェイ、Wグリーンを取り入れることにより18ホールのルーティングを可能にしたのです。これはホールの範囲を限定せずに共有するという考え方で、18ホールがゴルフコースの一つの基準となった経緯もここにあります。ホールをセパレートし、グリーンとフェアウェイを明確化する現代の考え方では意外に思えるかもしれません。インとアウトの語源も9番でUターン(往復)し、同じルートを戻ってくることから生まれたとされています。また最初の「13カ条からなるゴルフルール」の1項目に明記されているように当時、グリーンとティーインググランドは一緒でした。そのためティーアップ用の砂入れでもあったホール(穴)の縁の崩れが激しく、脇に転がっていた工事用の排水管をはめ込んでホールカップにしたという、この咄嗟のアイデアがホールカップの大きさや深さの世界標準となったのです。現場で生まれたエピソードの多くはまさに機転的なアイデアであり、後のゴルフ文化を形成する重要な要素となりました。
コース設計を勉強するには文献も少なく教科書といえるものはほとんどありません。しかしながらそれぞれのゴルフ場には個々の歴史があります。コース設計に携わる者にとってゴルフ場に秘められた多くのエピソードを知ることは大変重要でありまた楽しくもあります。なぜならそこには先人の知恵と教訓があるからです。先人が何を考えていたのかその時代背景も考慮し、その苦悩と克服の経緯を知ることは新しい提案をする上での理論的根拠になり設計者にとって大きな資質と財産になるはずです。また見方を変えるとコース設計の基本的概念が生まれてくる背景を垣間見ることも出来ます。

 

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