明日はみどりの日。年間で最も緑の美しい季節だ。「森林は文明の母」ともいわれ、エネルギー源や国土や生活環境の保全に役立ってきた。だが、かつてブナやナラなど落葉の広葉樹林が多かった日本の森林は杉やヒノキといった針葉樹林に変貌している。
日本の森はもともと、広葉樹とカラマツなど針葉樹の混合林で覆われていた。この天然林は戦中から戦後に伐採され、あとには針葉樹の人工林が植えられた。広葉樹に比べ針葉樹は成長が速く、住宅用建材需要も多かったからだ。現在は人工林が1,036万fと全森林面積の43%を占め、その98%は針葉樹林だ。
その人工林はやすい輸入材に押されて林業経営が悪化し、間伐など手入れが行き届かず荒れ放題の森が増えた。手入れ不足の針葉樹働こは日光がささず下草も生えないから、表土流出や都市の水不足といったさまざまな影響が出ている。
中でも大きな問題は人工林が動物や昆虫などの生態系を変えていることだ。広葉樹には動物の食料になる木の実がなり、積もった落ち葉は地中生物をはぐくむが、針葉樹の森は動物には住みにくい。杉やカラマツだけの人工林が増えれば、動物たちの生息領域は狭まってくる。
人工林が群れを孤立化
日本生態系協会は、動物が生息できる森かどうかのバロメーターはクマだという。日本で最も大型の哺乳動物だけに熊が住む森は面積が大きく、食料になるさまざまの動植物が分布する。クマがいれば照合物や鳥類、昆虫なども生活できる。
ところがそのクマは絶滅の瀬戸際に追い込まれている。生息領域を針葉樹の人工林や道路などで分断され、狭い区域に孤立した群れが70頭以下なら近親交配が起き絶滅につながる。生息領域が狭まれば食料が少なくなりクマは里に下りてくる。クマ被害の原因は人間側にある。
沿岸漁業への影響も深刻だ。山から流出する土砂が川を通って海に流れ込み、漁場が汚染される。河川上流の森林から流れてくるプランクトンの生育に有効な成分が減少し、魚介類の食料が減ったともいわれている。プランクトンの生育に有効な成分は、まだ十分に解明されていないが、広葉樹林から出る鉄分という説が有力だ。
生態系の破壊、沿岸魚介類の現象といった問題を解決するには、針葉樹一辺倒の人工林を広葉樹と針葉樹の混合林に変えていくことだ。森野混合林化を推進するドイツでは、酸性雨などの被害にあった樹木を植え替える際、広葉樹の植林補助率を高くして「生態系に健全な森づくり」を奨励している。
日本でも危機感を抱いた漁協が、ボランティアで上流の植林を始めており、各地に「漁民の森」「海の森」「サケの上る森林」などが誕生している。水源の森を守ろうという都市住民の植林ボランティア活動も活発になっている。いずれも広葉樹の混合林づくりを目指した活動だ。
一方、生態系保存のための構想も相次いで打ち出されている。環境庁は生物多様性条約の締結を受け「緑の回廊構想」や「国土生物軸構想」を掲げ、国土審議会の計画部会は’96年12月の報告で「国土規模での生態系ネットワークの形成」を提唱している。分断された広葉樹林をつなぎ、森林の回廊をつくって動物が移動しやすくする構想だ。
青森営林署など12の営林署が作った「奥羽山脈自然林帯整備構想」も奥羽山脈の稜線近くの人工林、スキー場、牧場などを広葉樹や混合林に変え、分断された天然林を広葉樹林のネットワークでつなぐことを狙っている。
とり戻せ、森との共生
21世紀は「持続可能な社会」を実現できるかどうかがカギを握るといわれる。持続可能な社会とは、いつの時代でも自然資源を同じ条件で使えること。石油や金属資源の枯渇が指摘されるいま、生態系は貴重な財産だ。その宝庫である森林の保全、回復は次世代のために欠かせない。
明治以降の日本は江戸時代に蓄積された森林資源を100年かけて消費した。森が経済効率優先の人工林に代わり、荒れるにつれて日本の社会の潤いを失ってきた。潤いのある社会を取り戻すには、本来の日本人が持っていた「森との共生」を再確認することだろう。
森が育つまでには短くても数十年、長ければ2〜300年はかかる。息の長い事業を持続するには政府だけでなく、国民が森づくりに積極的に参加することが大切だ。オランダでは「タカの住む森をつくろう」をキャッチフレーズに、森林資源の回復を目指した国民運動が広がっている。日本でも「クマの住める森づくり」を提唱したい。
1997年日本経済新聞4月28日付け社説より
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